英語は難しい。
英語で接客などできない。
こないだ英国人の客が来た。
190センチ以上の背丈、髭を蓄えた白人で
見た目はUFCのチャンピオンみたいな大男だ。
新規客で日本語はほとんど出来ない。
注文はスマホの画像を見せられた。
日本語が出来ないだけでなく、表情も特にないので
黙りこくった大男と二人きりの店内は、
いつもより息苦しく感じる。
「いつ日本に来たの?」
なんとなくジャブを打ってみた。
すると大男は口をもごもごと動かし、小さく言った。
「きお……ねん……の」
「去年の?」
「く…ぐ…つ」
「去年の9月?」
大男は「そう」と言ったきり、また口を閉ざした。
何を理由に来日したかしらんが、
そんな日本語のレベルでよく来たな。
生活に困るだろう。
とはもちろん言えない。
こちらもそんな表現を英語で出来ないし、
大男相手にそんな度胸もない。
髪を切り終わって会計をしているとき、
大男はおもむろにスマホを取り出し、自撮りを始めた。
散髪を終えた自分を撮っているのだ。
「貸して。撮ってあげる」
日本語とジェスチャーでスマホを受け取り
写真をとってやる。
大男は撮れた画像を見て、自分の後頭部をポンポンと叩き
真顔で言った。
「What a cool」
なんだ。
仕上がりを喜んでくれているのか。
「クール!クール!」
僕は親指を突き立てそれに応えた。
大男は僕の様子を真顔でじっと見て
頭をぶつけないように背を丸めてドアを出ていった。
こいつは日本語がさっぱりわかっていないが、
お笑いのスカシの技術は心得ているのか。
変わった野郎だったなと床に散った大男の髪を見てたとき
ふと気づいた。
最後。
最後の言葉。
What a coolじゃなくて
「また来る」って言ったんじゃない?
名前を聞くのを忘れた。
奴のカルテは名前の欄を
『ターミネーター』にしといた。